情報通信研究機構
研究開発プロジェクト 終了しました | |
システム概要 | P2P型高度医療情報流通ネットワークで、患者本人の診療情報を検索できる「患者検索」と、その診療情報を、臨床症例としても検索できる「症例検索」の、二つのモードを搭載した実験システムです。 |
動作環境 | ピア
インデックスサーバ
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詳細情報掲載ホームページ | NiCT 研究成果公開システム http://koukai.nict.go.jp/jp/index.do (「プロジェクト報告書」をクリックし、“題目・概要”に「P2P」と入力して、再絞込みを行えばヒットします。) |
1. はじめに
従来コンピュータ間の組織立った情報流通は、インターネットのWebサーバに見られるようなクライアント/サーバ型モデル(C/S)が一般的であった。 しかしサーバに対する過度の負荷集中、ならびにこれに起因する情報システムの脆弱性の回避といった観点から、Peerと呼ばれる端末(コンピュータ)同士が直接情報流通を行うネットワーク(P2P:Peerto Peer型ネットワーク)が注目されている。
本研究では、広域に分散した医療情報の高信頼流通というを目的としてP2P型のネットワークに注目し、ネットワーク形態としてPure型P2PとHybrid型P2Pの特性比較を行った。 その結果、①ネットワーク内に存在する医療情報をすべて検索できること、及び②誰がどのような情報を検索しているかという検索者のプライバシー保護という観点から、Hybrid型P2Pが適しているとの結論を得て、Hybrid型P2Pの構成を持つ高信頼医療研究開発を進めている。
2. P2P型ネットワークに求められる機能
P2P型情報流通ネットワークに求められる機能として、以下のものが考えられる。
(1)利用者の欲しい情報がどのPeerに在るかを発見するための機構(Peer発見機能)
(2)Peer相互間で情報を直接交換できる機構(データの直接交換機能)
これらの機能のうち、(1)に関しては利用者の欲しい情報の所在を一元管理する方式と、このような一元管理機構を全く持たない方式とがあり、前者をHybrid型P2P方式と呼び、後者をPure型P2P方式と呼んでいる。
3. P2P型情報通信ネットワーク構成
上記のHybrid型及びPure型ネットワーク構成を夫々図1及び図2に示す。 図1は現在のP2Pブームの先鞭を付けたNapsterの例である。一見インターネットのWebサーバ方式と似ているが、コンテンツを提供するのはWebサーバではなく、当該コンテンツを作成し、所有する端末(Peer)自身である点が異なる。図2は、インデックスサーバを持たないPure型P2Pの代表例とされるGunutellaの方式である。図1のようなPeer発見のためのサーバを必要とせず、あるPeerが必要とするコンテンツを所有するPeerをネットワーク内のPeerが連携して探索する。
4. 各種ネットワーク技術の比較
従来のクライアント・サーバ型並びに上記2つのP2P型ネットワークの諸特性を表1に示す1)。
(1)クライアント・サーバ型のネットワークに対するP2P型ネットワークの特長として、①データベースを各端末(Peer)で所有しているため、一極集中型のデータベースサーバーが不要、②データベース処理負荷の分散化、③情報更新の迅速性、などの利点が挙げられる
(2)次に2つのP2P型ネットワークについて考察する。表1に於けるPure型とHybrid型の大きな差異は、コンテンツを有するPeerの所在を管理する検索サーバの有無に由来する。Pure型はコンテンツ取得の都度ネットワーク内で当該コンテンツを有するPeerを探し回る必要があるので、検索の応答性に難がある。さらにネットワークに対する検索負荷はPeer数が増えるにつれて幾何級数的に増大することや、有限時間内にネットワーク内のすべてのPeerを検索できる保証がないので、検索漏れが生じる可能性がある。このため、Pure型は大規模ネットワークには向かない。
一方、医療という高度に秘匿性の高い情報を扱うネットワークにあって、最も重視されるべきはセキュリティ管理機能である。この中には、ネットワーク上を流通させる医療情報の秘密を守ることに加えて、医療情報を取得する人の取得傾向に関するプライバシーを守る必要性も含まれる。このような観点からPure型P2Pを見ると、誰がどのような医療情報を欲しがっているかという情報はネットワークに参加しているすべてのPeerが知りうる立場にあるという点で安全であるとは言い難い。
5. P2P技術を用いた医療情報流通ネットワーク
以上の考察に基づき、本研究ではHybrid型P2P技術を用いた医療情報流通ネットワーク構築に向けた試作実験を進めている。図3に本プロジェクトに於ける医療情報流通ネットワークの考え方を示す。
院内電子カルテの中で、ネットワークに流通させることが適当な項目だけを選び出して、ネットワーク内で流通可能な標準的な形式で流通させる。院内電子カルテから標準的な形式に変換するが、この技術はネットワーク的な研究的課題としては本質的ではないため、本プロジェクトでは医療情報は既にネットワーク内で流通可能な標準フォーマットに変換されているという前提で研究を進めている。医療情報の標準フォーマットとしては、MML3.0版2)を想定する。図4にMMLファイルの構造例を示す。
本研究では、医療情報の利用方法として(1)患者本人の病歴を参照して診療時の参考とするための「患者個人検索」と(2)診療所などから、病院の情報を参照して診察の際に活用するといった「症例検索」の2通りを想定している。
一つのPeer内のデータは患者一人毎に1MMLファイルとし、上記2通りの検索方法を考慮して、インデックス作成時には「患者検索」の際に利用する検索キーワード、「症例検索」の際に利用する検索キーワードを構造的に分けて作成している。「症例検索」の際には、一連の疾病毎にグルーピングされた情報(例:診療要約情報+画像情報+手術情報)を検索で発見できる構造とした。
6. ネットワークの構築技術
以下の技術を適用する。 (1)ネットワークのプラットフォームとして、米国Sun Microsystems社がオープンソース形式で提供しているJXTAを用いてネットワーク構築の柔軟性を図る。
(2)セキュリティ対策として、PKI技術を用いて検索者の個人認証を行うとともに、検索者の属性(患者本人、医師、看護師、薬剤師、臨床検査技師、医療関係者以外等)に基づき、開示できる範囲を制限する。さらに、ネットワーク内を流れる医療情報はもちろん、Peer内部に蓄積される医療情報にも暗号化を施し、暗号化したまま検索するなど、ネットワーク全体として高い信頼性を確保している3)。
(3)JXTAプラットフォームのメッセージ転送速度(伝送制御用のオーバーヘッドを除く真の情報転送速度)は100BASE-Tの環境で1MB/s程度と見込まれる。テキスト主体のカルテ情報+JPEGによるサムネイル画像程度の転送には問題ないが、高精細度大容量医療画像伝送時は転送時間が大きい。そこで、このような用途には、JXTAプラットフォームをバイパスして、TCP/IP直結によるデータ伝送を採用し、DICOM画像の階層表示、インタラクティブな高速トランスポートを採用している4)。
JXTAではファイアウォール越えや大容量データ転送にHTTPプロトコルを用いることがあるが、本研究の場合高解像度画像階層的表示を可能にする専用プロトコルを用いたということであって、JXTAの枠組みを逸脱した訳ではない。高解像度画像階層的表示プロトコル構造を取り込んだPeerのプロトコル構造を図5に示す。
(4)さらに、現在設計中のPeerに実装予定のブラウザで、MML記述の医療情報ファイルを表示した場合の表示例を図6に示す。
7. あとがき
P2P技術を用いた医療情報流通ネットワークの構築方法に関する考察と、ネットワーク構築方法について述べた。今後は本方式に基づくネットワークのスケーラビリティに関する研究や、端末の利便性などに関する実証的な研究を行う予定である。
謝辞
KDDI研究所の清本晋作研究員には暗号化技術に関して、橋本真幸研究員には大容量医療画像符号化・伝送方式に関して有益な意見を頂いた。両氏に深謝する。
参考文献
[1] 「P2Pネットワーク技術を応用した医療情報の流通に関する研究」、浪岡、乗越他、平成14年度電気関係学会北海道支部連合大会、No.304、2002. [2] 「MML 3.0規格書」、MedXMLコンソーシアム、 Jan.,2003.[3] 「全文検索可能な暗号化DBの実装」、電子情報通信学会OIS研究会技報、Sept.,2003、清本、田中、他[4] 「Haarウェーブレット変換とGolomb-Rice符号を用いた遠隔医療のための医用画像階層符号化伝送方式」、電子情報通信学会論文誌D-IIVol. J83-D-II No.1 pp. 303-310、Jan.,2000、橋本、小池、他